FANDOM


いにしえのジェダイの学者、カレナは、“学習と実践の一致”を意味する、プラキシウムという言葉を創り出した。銀河共和国の時代、“プラキシウム”が存在する場所としてアーカニアダントゥインオッサステイアIVが知られていた。

そしてジェダイ・プラキシウム[1](Jedi Praxeum)は、新共和国の時代である11 ABYに、ルーク・スカイウォーカーヤヴィン4に設立したジェダイの訓練施設のことをいう。

オビ=ワン・ケノービの精神との決別、そして出会ってきた何人かのフォース=センシティブの存在に奮起させられたスカイウォーカーは、新世代と旧い世代のジェダイが共に学ぶことが出来る、独自の施設の設立を思い立ったのである。

歴史

レイアウト

Finn's Jedi training.jpg

ローバッカとともにプラキシウムで訓練に励むジェイナ・ソロフィン・ガルフリディアン

計画が新共和国元首モン・モスマに認可されると、スカイウォーカーはレイア・オーガナ・ソロにアカデミーを設立する場所を考えるよう頼んだ。最終的に衛星ヤヴィン4を提案したのはモスマだった。レイアはこれをルークに伝え、ルークもヤヴィン4が最適な場所であることに同意する。ルークは施設をこの衛星のグレート・テンプルに作ることを決める。この神殿はかつて共和国再建のための同盟が基地に使っていたところである。プラキシウムはグレート・テンプルの4階層からなる設計を利用していた。神殿自体はジッグラト状になっており、頂点部に向けて周が狭くなっていた。このようにしてどのフロアも似たような様式でできており、中央のスペースを部屋や小部屋、廊下が取り囲んでいた。

最上階は大謁見室によってほとんどのスペースが埋められており、ここは共和国再建のための同盟がヤヴィンの戦いの後に式典を行った場所だった。ニュー・ジェダイ・オーダーでは、ジェダイの教育場所として使用された。次の階はジェダイ・マスターの彼らの生徒たちの宿泊施設へと完全に作り直され、さまざまな空いた場所は倉庫として使われることになった。これよりも下の階では、戦略センターと名づけられていた中央の部屋と、この部屋をより囲んでいた周囲の部屋が、ミーティング・ルーム、コミュニケーションやコンピューター室、台所、大食堂として使用されていた。

テンプルのもっとも下の階は、スターファイターやそのほかの乗り物を格納するための巨大なハンガーとして使用された。第2ハンガーがその下にもあったが、テンプルの地下の貯蔵室やカタコンベはほとんどジェダイたちには使用されていなかった。ハンガーへのアクセスのために、地上レベルに1セットのブラスト・ドアがあり、着床パッドへと続いていた。銀河内戦のあと、この建造物の周囲の地表面が上昇し、そのために正面玄関も作戦司令室の階に上昇した。そして多くの学生たちは格納庫複合施設の全体が基本的には地下にあるものだと考えていたが、もともとは地上にあったのだ。格納庫のドアはアクセスしやすいままになっていたが、このエリアは着陸ゾーンとしては機能できなくなっていた。

アカデミーには多くのトレーニング場所があり、リモート装置やASP-19バトル・ドロイドトレーニング・ライトセーバーやそのほかの生徒たちのためのテクノロジーが備えられていた。

一期生たち

Luke with Jedi.jpg

ルーク・スカイウォーカーの最初の生徒たち

反乱同盟軍基地をジェダイ・アカデミーに作り変えたあと、ルーク・スカイウォーカーはここに12人の第一期生を募った。すなわち、ティオンドースク81キラナ・ティカム・ソルサーブラキスストリーンガントリスコラン・ホーンケイラン・ハルシオンという偽名を使っていた)、マドゥリンカイル・カターン(自分に潜むフォースのダークサイドを気にかけすぐプラキシウムを去る)、そして2名の生徒である。この2名に付いては、ヘイヴェット・ストームキーアン・ファーランダークレイ・ミングラニコス・マールハーランのうちの誰かである可能性がある。その後間もなく、キップ・デュロンマラ・ジェイドシルガルダル・コヌアらが彼らに加わる。

参考資料

脚注

  1. カタカナ表記は『スター・ウォーズ 全史』に基づく。

広告ブロッカーが検出されました。


広告収入で運営されている無料サイトWikiaでは、このたび広告ブロッカーをご利用の方向けの変更が加わりました。

広告ブロッカーが改変されている場合、Wikiaにアクセスしていただくことができなくなっています。カスタム広告ブロッカーを解除してご利用ください。

FANDOMでも見てみる

おまかせWiki