カミーノ
出典: Wookieepedia
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| カミーノ | |
|---|---|
| Astrographical | |
| 領域 | |
| 星系 | |
| 恒星 |
1つ:カミーノ |
| 星系内での太陽への近さの順番 |
5番 |
| 衛星 |
3つ(コラサを含む) |
| 座標 |
S-15 |
| コアからの距離 |
70,000光年 |
| 自転周期 |
27標準日 |
| 公転周期 |
463標準年 |
| Physical | |
| 種別 |
地殻惑星 |
| 直径 |
19,270 km |
| 大気 |
呼吸可能 |
| 気候 |
温暖 |
| 重力 |
標準 |
| 地形 |
海洋 |
| 海洋比率 |
100% |
| Societal | |
| 原住種 | |
| 移住種 | |
| 言語 | |
| 統治機関 |
ルーリング・カウンシル |
| 主な輸入品 |
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| 主な輸出品 |
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| 所属 | |
カミーノ(Kamino)はワイルド・スペースにある惑星である。クローン技術に優れていた。
目次 |
[編集] テクノロジー
カミーノアンたちは近隣の惑星で起こっている出来事にはまったく関心がなく、他の種族とは接触を持つことを好まなかったが、経済に窮したため、多くの不平等なパートナーシップを結ばざるを得なかった。テクノロジーの進んだ文化を維持し、発展させるためには財力が必要だったが、大洪水により惑星の自然資源を利用する道が断たれたのだ。地面の下にはありあまるほどの鉱物が眠っているが、荒れ狂う海と恐ろしい海の猛獣に阻まれ、海底から資源を採鉱するのは難しい。輸出業を発展させ、少数の訪問者に接するのを我慢するほうがすっと簡単だった。
カミーノのテクノロジーが誇る多くの成果は、必ずしも合法的なものばかりではない。彼らが行った開発は、毒を塗ったセーバーダートのように小さいものから、銀河の歴史を変えてしまうほど大きなものもあったのである。
[編集] 歴史
[編集] 氷河期の到来
氷河期以前、そしてグレート・フラッド(大洪水)以前には、カミーノは現在とはまったく違う惑星だった。カミーノアンとして知られる種族は、惑星に住む他の生物と陸拓を共有していたのだ。カミーノアンたちは進化と共に、陸地と海辺付近の浅瀬の両方で繁栄した。カミーノアンのひょろ長い外見は、彼らが水陸両生であることを示しており、同じく水陸両生の飛行生物、エイウァーに鞍をつけて空中を移動した。
銀河の歴史には、アウター・リム(外縁領域)にあるこの惑星に最後の氷河期が訪れて氷河が惑星全体を覆いつくすまでの出来事はほとんど記録されていない。海が凍りつき、気候が過酷になるにつれて、カミーノアンたちは内陸に後退した。地面がかたくなって採鉱事業が困難になり、嵐が吹き荒れ、空は灰色の雲に覆われた。そこでカミーノアンたちは、惑星を襲った大変革を生き残るために、創意工夫の道を選んだ。
カミーノアンたちは力を合わせ、凍りつく惑星の悪天候に耐えられる緊密なコロ二-を形成し、編み枝と漆喰を用いて大きな共同住居を建設した。その住居は外からは原始的に見えたが、空腹の動物たちを食い止め、長い嵐の季節にも水をよくはね返す、彼らの目的にかなったものだった。
惑星の温度が急激に下がると、「適者生存」がカミーノアンたちの合言葉になった。氷河が容赦なく前進するにつれ、陸地に住む他の種族は次々に滅んでいったが、カミーノアンは巨大なコロニーの中で生き延びた。そして何世代もの問、氷が溶けるのをひたすら待った。
[編集] 大洪氷以前
カミーノアンの調査チームは、氷河の進行状況を注意深く観察していた。やっとのことで氷河が後退し始めると、彼らはおおいに喜んだ。そして荒れた惑星を取り戻し、陸地に住み、浅瀬で食糧を調達するという先祖たちの生活様式へ戻る日を待ち望んだ。しかし、まもなく彼らの希望は粉々に打ち砕かれる。惑星の温度は予想もつかないほど急激に上昇し、氷河がものすごい速さで溶けたのだ。カミーノの記録文書は、最後の氷河期の終わりに最も暗い時代のひとつ、大洪水の時代が到来したことを告げている。
その後数千年かけて、氷河が海に変わり、惑星の陸地は徐々に沈んでいった。新たな住居を築くため高い台地を探し、大きなコミュニティーは移動を繰り返しながら、さらに孤立していった。大洪水時代の後期には、カミーノアンたちは惑星に残されたわすかな台地に、必死に留まっていた。コロニーの数は減少したが、何とか生き延びようとするカミーノアンたちが惑星の過酷な気候に再び適応し、人口は増加した。
カミーノの科学者たちは避けようのない真実をすっと以前から予想してきた。大洪水は惑星に残っている最後の陸地が水没するまで終わりを迎えることはないだろう、と。
テクノロジーは、編み枝と漆喰を使った住居の時代よりははるかに進んでいたにもかかわらず、カミーノアンが考案した新都市の設計は、祖先の原始的な住居とよく似たものだった。その設計が承認されるとまもなく、最後に残った陸地の上で建造作業が始まった。
[編集] 陸地の水没
月日が経つにつれ、かつて海の上に浮かんでいた陸地を覚えているカミーノアンはいなくなった。いつしか激しい気候にも美を見いだすようになった彼らは、土砂降りの嵐を「美しい気候」と呼んだ。
客観的な分析力を持つカミーノアンでも、窓から雨を眺めるだけではものたりなくなり、独自の様式を持つ建築様式を構築した。惑星の首都ティポカ・シティーである。
光り輝く新たな都市に落ち着いたカミーノアンたちは、ついに安住の地をみつけた。数えきれないほどの世代が氷河期と大洪水の困難に苦しんだが、この惑星の陸地に住む多くの種族が次々と絶滅していく中、カミーノアンたちは生き残ったのだ。彼らは水浸しの惑星の過酷な気候の中で生き延びる能力を持っていたようにみえるが、実は自然に打ち勝つため高い代償を支払った。
カミーノアンたちは長年、自分たちの問題に懸命に取り組み、内向的な文化を形成し、銀河で孤立していた。彼らはジェダイ評議会や共和国内で起こる出来事に背を向け、自分たちの生存のことだけを考えてきたのだ。有能なカミーノアンだけが生きる価値があるとみなし、優生学上の選択というおぞましい哲学を発展させたのである。これはクローン・テクノロジーの研究へとつながり、一般的な道徳観念のないカミーノアンたちは抵抗なくそれを受け入れた。
[編集] 地理
[編集] ラマ・スーのオフィス
- 水の惑星カミーノの最大都市ティポカシティは、カミーノの首都であり、クローン製造の本拠地でもある。クローン大戦が始まった当時、政治家の頂点に立っていたのは首相ラマ・スーだった。
- ティポカ・シティーは受け皿を引き延ばしたような形をした無数のドームから成り立つ。 ドームは、常に嵐が吹き荒れる海の中に立てられた支柱の上に建造されていた。ラマ・スーのオフィスは最も目立つドームにあり、その地位と権威を象徴している。そこは、オビ=ワン・ケノービが初めてカミーノ星系にやって来たとき、ジェダイ・スターファイターを降ろした着床ブラッドフォームのすぐそばにあった。
- カミーノアンの主要産業はクローン製造であり、ラマ・スーはそれをとくに重視していたので、彼のオフィスは中心的なクローン製造施設の近くに位置していたわけだ。おかけで、彼は楽に同胞の仕事をモニターし、点検できた。そしてカミーノアンはクローン軍を生産し、教育して訓練したのである。
- ラマ・スーのオフィスであった。、数年にわたり、当時の銀河世界を揺るがす重大な会議が何度か行われた。ジェダイ・マスターのサイフォ=ディアスと名乗る謎の人物が、ナブーの戦いの直後に、クローン軍の製造を発注したのはラマ・スーのオフィスだった。バウンティー・ハンター(賞金稼ぎ)のジャンゴ・フェットが正式にクローン兵のオリジナルとなることに同意したのも、オビ=ワン・ケノーピがクローン軍の存在を初めて知り、ヨーダがジェダイ評議会を代表してクローン軍に始動命令を下したのも、この場所だった。
[編集] スレーブⅠの着床プラットフォーム
- 惑星カミーノの首都、ティポカ・シティーは、段々になった幅広く長いドーム群で成り立っていた。スレーヴIが停められていた着床プラットフォームは、これらドームの中の最も高い部分にあり、湾曲した縁は、不注意な来防音が下の海に落ちないように、ライトが配されていた。
- そのサイズと形から、スレーブIのフラットフォームは、オビ=ワン・ケノービがジェダイ・スターファイターを停めた着床ブラッドフォームとほぼ同じもののようだ。オビ=ワンが着床した場所からジャンゴのプラットフォームまでは、一連のタワーが建っていた。その中でも2つのタワーは約50メートルととくに高く、残りはスレーヴIよりも低い。
- さまざまなタイプがあるタワーのうちのひとつは、ナビゲーション信号を送信しており、ジャンゴ・フェットはカミーノヘ戻るとき、その信号を利用していた。
- ブラッドフォームの真下部分には水圧システムがあり、これがスレーヴIをすばやく表面までせり上げていたと思われる。この設備のおかげで、船体下部の修理が可能となり、また一時的に雨をしのぐこともできた。仲間のパウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)であるザム・ウェセルが訪れると、フェットはこのシェルターで作戦の詳細を詰めた。また、ジャンゴはティポカ・シティの閉鎖的な環境の息苦しさから逃れるために、しばしばそこで過ごした。
- カミーノには他にも多くの着床プラットフォームがあった。オビ=ワン・ケノービが使ったのは重要な訪問者のためのもので、首相のオフィスから歩いてすぐの距離にある。他のプラットフォームはカミーノアンたちが使っていた。カミーノアンは他との交流が少なく、星間旅行の難発着に使われることは稀であった。
[編集] クローン・センター
- カミーノアン社会の核となるクローン製造事業を表現するのに、適確な形容詞を見つけるのは難しい。巨大とか大掛かりとかいう言葉では、これほどの大事業を表現するにはふさわしくない。
- もちろん、クローン製造技術に手を染めたのは、カミーノアンが初めてではないし、最後でもない。クローン大戦よりIOOO年前から惑星コムの住民、コミットはこの分野を研究し、クローン製造は惑星コムの実践的な再生手段となっていた。彼らは物質的、社会的進化を凍結するために、この技術を利用したのだ。
- 同じように、パルパティーンが皇帝として新体制を宣言してから約30年後、スローン大提督はスパーティ・クローニング・シリンダーを使い、わすか数か月で軍隊を育てた。カミーノアンのクローン製造工程はこれよりはるかに時間がかかったが、品質の面では信頼できた。クローン培養体にフラッシュ・プリンティング・メモリーを盛り込むスローン大提督の製造法は、フォースに障害を起こし、クローン自体も不安定になったのである。
- サイフォ=ディアスと称するジェダイ・マスターが、カミーノアンに発注した最初の注文は、100万のクローン兵士を製造することだった。大事業だったので、当然、クローン軍の成長と訓練を担当したティポカ・シティだけではなく、カミーノの荒海に点在するさまざまな都市もこの事業に加わった。そうした都市は、しばしば、他の顧客から託されたクローン製造も請け負った。
- エッグ・ラボとも呼ばれる孵化場はクローン製造施設の最初の部分で、オビ=ワン・ケノービはティポカ・シティーに到着したとき、ここに案内された。
- エッグ・ラボは数十の幅広のディスクで構成され、各ディスクには6つの房があり、それぞれの房は1対の光の柱のようなもので宙に吊るされていた。近づくと、各ディスクは数百の透明シリンダーを支えていることがわかる。シリンダーには1体ずつ、胚が入っていた。興味深いことに、このディスクはティポカ・シティー特有のデザインで、建築物などいたるところで見かけるモチーフだった。
- 驚くべきことに、クローン胚の生存率は90パーセントだった。残りの10パーセントは、成長してカミーノアンに「問題」と言われるグループだ。そのため、このグループは破壊されることになった。
- カミーノアンはクローン製造作業にほとんど良心の呵責を感じなかった。彼らにとって、クローンは研究所の標本にすぎない。事実、クローンに対して、「ユニット」「完成品」「出荷」などの言葉を使った。オビ=ワンは、そうした言葉づかい、そして全工程に不安を抱いた。クローン製造は、彼の倫理意識を侵害するものだった。
- 要望に応える為には、クローンの成長を自然な成長率より2倍以上に早めなくてはならず、クローンは10年以下で大人に成長した。製造効率を最大限に向上するため、クローン製造の環境は無菌状態だった。その為、クローン・バンクを見学するときにエッグ・ラボから学習ホール、さらに、大広間、練兵場まで、オビ=ワンは透明なチューブ状の通路を案内された。
[編集] クローンの訓練
- カミーノアンは規律正しく、かつ独創的な軍隊の創造を任された。規律正しさと独立性は矛盾するうえ、要求どおりの速さでクローンを成長させることは、さらに目標の達成を難しくした。カミーノアンはさまざまな技術を駆使して、こうした挑戦に応じた。
- ます、ほとんど学問的な内容を含まない教育カリキュラムを利用した。時間的な余裕がなかったためだが、学問的な教育はクローンに、育った環境に対する疑問を抱かせかねないとも考えられた。
- 代わりに、軍事訓練を重視し、戦術や兵法だけでなく、仮怨敵の百科辞典的知識も確実に理解させた。この訓練はトレード・フェデレーション(通商連合)、コマース(交易)・ギルド、インターギャラクティック銀行グループといった分離主義者たちが持つ兵器の理解に絞られた。
- カミーノアンは特別に考案された教育ヘルメットも活用した。ヘルメットは偶数と奇数のクローンを色分けする(クローンを区別するものはそれだけだ)。奇数クローンのプラストイド・ヘルメットは前後がクリーム色で、その中間が栗色だった。偶数クローンのヘルメットの配色は逆だった。
- 使用するさいに、教育ヘルメットは3つの重要な機能を果たした。クローンが訓練コンピューターと言葉で交信できるように、ヘルメットはマイクやイヤフォンを備えていた。次に、ヘルメットは外部の音を遮断し、集中力を高める。最後に、知的受容力強化と、バイオリズム・シンクロナイザーにより、ヘルメットはクローンの記憶保有量を増やした。
- 驚異的な速度で成長し、比較的短期間で膨大な情報を詰め込まれるため、クローンはたえずプレッシャーにさらされた。実戦では、装甲服が体を締めつけた。
- これらを考慮すると、クローンが精神的に安定できるように、カミーノアンの訓練カリキュラムの多くが心理的な調整に集中したのは不思議ではない。この点を重視したおかげて、障害が生じるのは200体ごとにフ体の割合にすぎなかった。カミーノアンはさらにカリキュラムを調整することで、問題を解決した。そして、障害のあるクローンは効率よく処理された。
- カミーノアンは、疑似共同体的な環境をつくることで、精神的な不安定さを克服させようとしたようだ。クローンに、軍事とはまったく関係ない刺激を与えようともした。音楽などの娯楽で、くつろげるようにしたのだ。
- カミーノの空間は限られていたので、クローンは実践的な技術の多くを学習装置や訓練シミュレーターで学習した。こうした装置は、クローンの反射能力を磨くのに役立ち、学習したことをより実践的な環境に応用する前の格好の訓練場となった。
- クローンの遺伝子的なオリジナルであるジャンゴ・フェットは、シミュレーターの考案だけでなく、多くの肉体訓練も助けた。彼が受けたマンダロアの戦士の訓練は、クローンにどんな訓練が必要かを考えるうえで貴重だった。なにより、オリジナルであるフェットは他のだれよりも最も効果的な学習方法を心得ているのだ。
[編集] クローン軍糧食部
- 成人のクローン・トルーパーを育成するまでには、ほぽ10年がかかる。その間、できるかぎりの時間を費やして、静脈注射か栄養浴のどちらかの方法でクローンに栄養分を摂取させる。
- しかし、戦場でも通常どおり良事をとらなければならないことを考慮すると、口から食物を摂取させたほうが効率的であり、そのほうが現実的だという結論に達した。
- また、全員一緒に食事をとらせると、彼らの間に仲間意識が芽生え、クローンの健全な精神の維持に役立つことにも、カミーノアンは気づいたのであった。
- カミーノの首都ティポカ・シティーの多くが、クローン軍の育成と訓練のために使われていた。オビ=ワン・ケノービはティポカ・シティー滞在中、ラマ・スー首相らにそうした建物のひとつへと案内された。
- オビ=ワンが案内された建物は、精密にレイアウトされた巨大な施設だった。施設のフロア・スペースは、建物の中央から波紋状に広がるいくつもの大きな輪に区切られていた。
- それぞれのエリアは年代別に割り当てられ、中央に近いエリアには若いクローン・トルーパーが、壁側に近づくに従って年長のクローン・トルーパーが配置されていた。
- それぞれの輪はいくつものセグメントに区分され、各セグメントはターミナルでの正規訓練用、武器訓練用、睡眠用などに使用されている。それらのセグメントの中に点在しているのが多数のクローン軍糧食部(ダイニング・ホール)で、それぞれ、日によって異なるメニューの食事が配給されていたのだった。クローンたちは、一日中セグメントからセグメントヘ、反時計回りに淡々と移動し、トレーニングが続けられていた。
- また、カミーノアンは完璧主義者で、クローンの成長を細部にいたるまで管理していた。そのいい例が食事で、カミーノアンの栄養士は、クローンが完璧な成長を遂げるように、炭水化物や各種ビタミン、蛋白質などのバランスのよいメニューを考案したのだった。
- しかし、カミーノアンはすっと、栄養バランスにばかり注意を払っていたため、クローンの心理的な満足の面からみた食事の重要性を見落としていた。クローンは来る日も来る日も同じ食事を与えられ、うんざりしていのだ。カミーノアンはこのことにようやく気づき、さまざまな食感や味付けの料理で食事に変化をつけた。その結果、クローンたちに今まで以上の満足感を与えることができたのだった。そしてこの工夫は、改善の必要なクローンの発生人数を200人から7人にまで減少させることにも役立った。
- もっとも、バラエティーに富んだメニューに変わっても、クローンたちの食事の仕方は以前と同じだった。クローンたちは食事の時間になると、めいめいが料理を載せたトレイを持っていつもの席に座り、静かに効率よく食べる。やがて食事が終わると、一斉に立ちあがり、指定された返却場所にトレイを運ぶ。クローン軍糧食部での座席は、クローン軍における階級を表しているのだった。
[編集] ジャンゴ・フェットの住居
- ジャンゴ・フェットは共和国クローン軍に自分の胚を提供することに同意し、その条件として、クローン製造作業の進行中、作業を遺切に完了させるために安全な宿泊所を用意することと、遺伝子操作をしない彼自身の純粋なクローンを1体提供することをカミーノアンに要求した。
- ジャンゴは両親が惑星コンコード・ドーンで殺害されて以来、家という心休まる場を持たなかった。彼は移動しているほうが、むしろ落ち着き、安全だと感じていたからである。
- しかし、クローンとはいえ息子のために、さらに安定した、安全な場所を用意する必要があったのだ。
- 惑星カミーノは銀河の辺境に位置する知られざる星で、先端の防衛システムで守られていたため、ジャンゴにとって、息子を育てるには理想的な場所だった。ここに拠点を持つと、雇用主と連絡がとりやすくなるのに加えて、予期せぬ待ち伏せの心配をせすに、宇宙船や武器を修理できるため、[[バウンティ・ハンター](賞金稼ぎ)としての仕事を続ける面でも有利だったのだ。
- また、光の許容範囲はエイリアン種族により異なり、カミーノアンは紫外線に慣れていた。そのため、人間の目にはティポカ・シティーは光があふれ、どこまでも白い世界のように見えるが、カミーノアンには無数の色にあふれているように見える。
- ジャンゴ・フェットはこの白一色の部屋の装飾をまったく変えようとしなかった。むしろむき出しで飾り気のない部屋を気に入り、そのミニマルなデザインは彼の心理面を反映していた。成人してから、ジャンゴはなるべく持ち物を持たすに旅を続けていた。物質的にも精神的にも、所有物を最小限に留めていたのだが、このルールの唯一の例外は、息子のボバ・フェットだった。
- ジャンゴ・フェットの住居は、入るとすぐ、広い応接間になっていた。他のすべての部屋に通じる応接間で、ジャンゴとボバは、仕事をすることもあれば、くつろいだり、訓練をしたりして過ごすこともあった。
- 部屋はほとんど飾り気がなかったが、ジャンゴはひとつだけ贅沢をして、壁の1面ほぽ全面に長い窓をつくった。窓は6枚の幅広いトランスパリスチール(透明鋼)板を含んでおり、縦横の無数のプラスチールで分けられて、補強されていた。カミーノの大気圧は変化が激しく、強度の弱い窓は枠から簡単に吹き飛ばされるため、必然的に窓を強化せざるを得なかったのだが、ジャンゴはさらに、ブラスターに強い窓を要求した。それでも、実際に攻撃され、プラスターを浴びれば耐えられる強度ではないが、これによってジャンゴとポバが脱出する時間ぐらいは稼げたのだ。
- また、これらの窓は、素晴らしい眺めも提供していた。窓からは、遠くまで広がるティポカ・シティーが見えたが、それ以上に驚異的なのは、荒れた海の眺めだった。たえまなく変化する大洋の大波は、永遠に押し寄せては引き、驚くべきエネルギーを生み出していた。
- ジャンゴは部屋からの眺めが好きだったので、椅子を2脚設けていた。窓の正面に低いベンチを置いて、さらに、壁の窪みを椅子に改造し、黒い畝織りの布を掛けていた。
- そして、部屋の奥の、窓から離れた位置には、テーブルが一つある。ジャンゴ・フェットは、快適さにはほとんど興味がないため、背もたれが低く、極端に狭い座席のデザインは、座り心地よりも見た目のよさが重視されているのだった。
- ジャンゴ・フェットにとって、カミーノの住居はただの居住空間ではない。仕事の計画を立てたり、顧客と連絡をとったりする他、武器などの修理や、彼自身とボバの訓練の場としても活用していた。
- 応接間で、ボバは幼い頃、おもちゃで遊んだ。おもちゃの種類は少なく、マンダロア戦士やパドル・ドロイドの模型を相手に遊んでいたが、後年、この遊びが彼の戦法に生かされることになる。
- ボバはいつも大きな窓の近くで遊んだものだった。スレーヴIが停泊する着床ブラッドフォームを見下ろせるため、父のジャンゴが飛び立つのを眺め、戻ってくるのを待つことができるからだ。しばしば、ボバは遊びに夢中なりすぎて、スレーヴIが接近してくるのに気づかないこともあった。またあるときは、ジャンゴが用心深い息子を驚かせようと、違うブラッドフォームに着床することもあったのだ。
- そして、無数にある廊下のひとつに面していた、ジャンゴ・フェットの住居は、玄関を入ると短い通路に通じていて、扉が通路の片側にあった。右手には小さな調理室があり、ジャンゴのドロイド、機転のきくMU-12がジャンゴとボバの食事を用意していた。また、左手にはジャンゴの寝室の入り□があった。
- 住居の応接間からジャンゴの寝室を覗くと、たまれた衣服が棚に整然と並べられ、彼の几帳面な性格がうかがえる。また、ジャンゴは安全上、2つの理由から、この場所を寝室に選んだのだった。ます、すぐ玄関に脱出できる場所だったから。侵入者が押し入ろうとするときに、これは重要だった。次に、めったになかったが、訪問者が来たとき、ポバに迎えさせて、彼らが住居に入ってくるのを自分が観察できるからだった。これは、出入りを監視し、心理的に訪問者の優位に立つことができるだけではなく、こうすることで訪問者はジャンゴの背後を襲うことができなかったのだ。
- オビ=ワン・ケノービが彼の住居を訪問したときに、ジャンゴはこのテクニックを利用した。運悪く、また彼には珍しいことに、うっかりマンダロア装甲服を寝室の戸口に置いたまま、戸を閉じていなかった。オビ=ワンが装甲服に目を留めたことがわかると、ジャンゴは住居を引き払うしかなかったのである。
- ジャンゴ・フェットの住居には他にいくつか部屋があった。そのひとつがボバの寝室だ。当然、父親の寝室とは違って、散らかっていた。まだ子供のボバには、長年の訓練でジャンゴが身につけた規律が欠けていたとしても仕方のないことだった。
- もうひとつの部屋は、訪問者がめったに見ることはない、狭い仕事部屋だ。ここでMU-12はジャンゴの道具などを修理した。とに、ジャンゴが酷使するため、ジェット・パックはよく故障したのだ。
- しかし、長年ジャンゴは、MU-12に多少不満を感じていた。彼女の修理は見事だったが、時間がかかるのだ。とはいえ、MU-12はポバにやさしかったので、ジャンゴは彼女の欠点を大目に見ることにしていた。
- 大きな窓以外では、壁に差し込まれた一連の縦に長い黒パネルが目立っていた。明りがるこれらのパネルで、ジャンゴはスレーヴⅠをモニターし、惑星に近づいてくる宇宙船を警戒していた。
- 彼は、パネルに表示される情報によって、オビ=ワン・ケノービの宇宙戦闘機の到着を知り、出会う前に、ボパに見張りをさせていたおかげで、オビ=ワンが佳居を訪ねてきたときにも、ジャンゴはまったく平静であった。
[編集] クローン・トレーニング・センター
- カミーノアンのつくるクローン兵士を完全に養成させるためには、彼らの1000年を越すクローン技術の蓄積をもってしてもIO年を要した。養成に長期間をかけることは、非効率で費用もかさむが、クローンの成長プロセスをこれ以上加速すると、精神的な不安定さを招くというリスクがあるのだ。
- もちろん、クローンの成長速度を現在のレベルまで加速するのも、カミーノアンにとっては大きな挑戦だった。彼らはいかにして20年分の教育と訓練を、半分の時間に短縮し、クローンはどのようにして、たった10年で胎児から強力な戦士に成長するのだろうか。
- カミーノアンのトレーニング・センターは、まさにクローン製造の窮余の策たった。このセンターのおかげて、クローンたちは集中して学習しながら成長し、同時に協力して働きながら協調性を学ぶことができたのである。
- クローン製造施設を視察することになったオビ=ワン・ケノービが最初に見たのも、このトレーニング・センターだった。視察用通路からトレーニング・センターを観察したオビ=ワンは、非常に清潔で、統制のとれた効果的デザインだという印象を持った。何列にも連なる学習用端末で構成されたその区画は、他のティポカ・シティの区画同様に明るく清潔だ。しかし、クローンの訓練生はそこにぎっしりと詰め込まれ、まるで宇宙戦闘機や精密機械などの部品のようであった。
- ある区画では、クローンたちは全員同じ方向を向くように並べられていた。これは空間の無駄を省き、資源の節約を図るだけでなく、他にもいくつかの利点があった。クローンたちが全員同じ方向を向いている一方、カミーノアンの教官は彼らの後ろに立つ。クローンたちは容易に振り向いて教官を見ることはできないため、常に監視されているのを感じていた。この雰囲気は、彼らの頭上に浮かぶKE-8エンフォーサーや視察用通路から見下ろすカミーノアンの存在によって、さらに強められていた。
- こういった環境は、クローンたちが優秀な戦闘部隊となるためには必要不可欠である「規律」を強化する効果があったのである。
- クローンたちは厳しい訓練環境に置かれていたが、学習用端末が学問の修得に割かれる量はさして多くなかった。しかしこれは驚くにはあたらない。彼らの学力が必要以上に向上すると、自分の置かれている状況そのものに疑問を持つおそれがあったのである。
- そこで、端末からは音声の聞き取りや読み書き、数学などの学習が行われた。また、ゲームを通じて武器の取り扱いやビークルの操縦、軍事的戦略といった]]初歩的な軍事教育が行われた。
- このようにトレーニング・センターは、個々のクローンの成長と訓練の基礎を築いたのである。このトレーニング・センターがなければ、クローン・トルーパー製造計画は成立しなかったであろう。
