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<エリーモシナリー>[2](Eleemosynary)は、銀河帝国スター・デストロイヤーで、サイボーグ大提督オスヴァルド・テシックの個人的な司令船。この軍艦は、他の多くのデストロイヤーとともにエンドアの戦いに配備された帝国軍艦隊を構成したが、戦闘中、テシックは第2デス・スターバトルステーションに乗り込んでいた。デス・スター反乱同盟に破壊された際、かろうじてステーションを脱出したテシックは、<エリーモシナリー>に戻り、帝国の撤退が始まった後も3時間にわたって戦いを指揮した。しかし、同盟軍はイオン砲の攻撃で<エリーモシナリー>を航行不能にし、テシックを生け捕りにした。

特徴

<エリーモシナリー>は銀河帝国宇宙軍に所属したスター・デストロイヤーである。オスヴァルド・テシック大提督は、この軍艦を個人的な司令船として使っていた。

歴史

4 ABY当時、サイボーグの大提督、オスヴァルド・テシックは<エリーモシナリー>を司令用の宇宙船として活用していた。この、テシックが森の月エンドア上空で建造されていたバトルステーション第2デス・スターに乗り込んだ際、<エリーモシナリー>もエンドア星系に配置されていた。同じ星系に配置されていた帝国艦隊の大軍とともに、<エリーモシナリー>はエンドアの戦いに参加して共和国再建のための同盟宇宙軍と戦った。

戦いが激しさを増す中、反乱同盟はデス・スターリアクター・コアを破壊することに成功した。崩壊し始めたステーションを脱出したテシックは、司令船<エリーモシナリー>に戻った。帝国軍に退却が言い渡された際、テシックはエンドア星系に留まって戦う道を選び、<エリーモシナリー>も同盟軍との戦いを続けることになった。3時間後、同盟軍はイオン砲の集中砲火で<エリーモシナリー>を動けなくした。デストロイヤーとその司令官は、どちらも同盟軍によって捕えられ、その後、テシックは処刑されている。

司令官と乗組員

スター・デストロイヤー<エリーモシナリー>の指揮を執ったのは、身体の75パーセントをサイバネティックスの移植物と取り換えたサイボーグの大提督、オスヴァルド・テシックだった。帝国に献身的に仕える戦術の天才だったテシックは、圧倒的に分の悪い戦いでも、降伏せずに戦場に踏みとどまった。エンドアの戦いの終盤においても、彼は撤退を拒否し、結果的に同盟軍に生け捕りにされることになった。彼はのちに、同盟軍の後継政府である新共和国によって処刑された。

制作の舞台裏

<エリーモシナリー>は、ダニエル・ウォーレスアベル・G・ペーニャが著したスター・ウォーズ インサイダー誌の記事、『帝国の大提督たち』で初めて紹介された宇宙船である。StarWars.comブログ記事 において、ウォーレスは「eleemosynary」は「慈善的な手助け」を意味する言葉だと説明し、テシックの宇宙船の名前として命名したのはペーニャだったはずだと語った。『The Complete Star Wars Encyclopedia』(未邦訳)には<エリーモシナリー>の項目がある。

『帝国の大提督たち』の初期バージョン、『Dirty Dozen: Imperial Grand Admirals』では、<エリーモシナリー>がインペリアル級スター・デストロイヤーだと説明されていた。初期バージョンの記事がインサイダー誌用に書き直された際、大提督や彼らの旗艦に関する詳細な情報もいくつか省略された。<エリーモシナリー>もそうして手を加えられた設定のひとつである。

スター・ウォーズ 全史』の情報は、<エリーモシナリー>が航行不能になったタイミングについて、それまでの設定と若干の矛盾がある。『帝国の大提督たち』では帝国の退却が始まった3時間後にテシックが同盟軍に捕えられたとあるが、『全史』では第2デス・スター破壊から4時間後にテシックが捕えられ、それから<キメラ>のギラッド・ペレオン艦長が撤退の指示を出したとある。このページでは、『帝国の大提督たち』の設定が正しいと仮定している。

参考資料

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 出典:帝国の大提督たち
  2. カタカナ表記は帝国の大提督たちに基づく。
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